天は人の上に人をつくらず

天は

人の上に人をつくらず

by 慶應義塾(慶應義塾大学)の創始者 福澤 諭吉(ふくざわ ゆきち)

好きな言葉や名言に関する感想や体験

私が”学門のすすめ”の本と出会ったのは
今から30年ほど前になります。

その本に出会うまでは、
ただ日々を惰性で過ごしていました。

その時点で
私は会社にはいって16年程が経過していました。

出世する人、
しない人の差は
ただ学問の力あると、
なきとによると書いてありました。

そして、
人生では学ぶことは多く、
字の練習、簿記、そろばんの稽古とかいてあり、
私は34歳になっていましたが、
そろばんの稽古をして1級に、
簿記を勉強して2級を、
書道検定の2級を取得しました。

諭吉は日に500回の日本刀の素振りを
かかしたことが無いと聞き、

私も
空手道の3段を取得しました。

私が福沢諭吉の”学門のすすめ”の本と出会ったことは、
人生の生き方に大きく影響して、
人生を実りある活力あるものにしてくれました。

この本の中で
もっとも好きな言葉は
「本来、無一物とは云いながら無物の辺には、自ずから勢力の大なるを見るべし」
とあります。

現代的に言うと
「人生は、一面は実在するが一面は空である、
そんな自由な悟りに達したときに非常に大きな活動力を発揮するのである」

政府の政策に反発して過激な行動をするのでなく、
誠意を持って政府に語りかけるように述べています。

私もこの本の影響を強くうけた、
ヤングオールドの65歳となりました。

残された人生をいかに充実させるかが課題のようです。

神奈川県在住:60代後半男性

[rakutenitem keyword=’福澤 諭吉’ sort_type=’2′ category=’0′]福澤 諭吉[/rakutenitem]

慶應義塾(慶應義塾大学)の創始者 福澤 諭吉とは

九州中津藩(大分県)藩士福沢百助と妻お順との
5子として大坂蔵屋敷で生まれた。

諭吉という名の由来は、
儒学者でもあった父が
『上諭条例』(清の乾隆帝治世下の法令を記録した書)を
手に入れた夜に彼が生まれたことによる。

日本の武士(中津藩士のち旗本)、
蘭学者、著述家、啓蒙思想家、教育者。

慶應義塾の創設者であり、
専修学校(後の専修大学)、
商法講習所(後の一橋大学)、
伝染病研究所の創設にも尽力した人物です。

代表的な著作「学問のすすめ」は、
近代日本の代表的な啓蒙思想家、
教育者である福沢諭吉の最も代表的な著作。

初編は1872(明治5)年に刊行したが
大変な評判を受けシリーズ化、
1876(明治9)年の第17編まで刊行され、
当時としては驚異的な大ベストセラーとなった。

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと言えり」
という著名な一文で始まる本作は万人の平等を主張し、
学問を重んじ自由独立の精神を養うことを説いている。

日本における近代的、合理主義的な人間観、社会観、学問観の萌芽が見られる名作。

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